頑張りで評価するのは不公平

読んで字の如くなのですが、「頑張り」で評価するのは不公平だと思います。

くまおさんは部下が出来たときに必ず聞く事があります。

「頑張っているけれども結果が出ない人と、サボっていて結果が出ない人がいた場合、あなたならどちらを選ぶ?」

ほとんどの人が「頑張っている人」を選びます。でも、くまおさんは上記状況であればサボっている人を選べと教育されてきました。頑張って結果が出ない場合それ以上手の施しようがないからです。

質問を変えます。

「もしもあなたが上司だったとして、部下に言われて困るのはどっち?」

この辺りで勘のいい人は気が付きます。
上記の様に考えている為「頑張ります!」とか「頑張ってます!」という様な事を部下から言われるととても違和感を感じます。

「別に頑張らなくてもいいけど・・・結果だけ出してね♪」と思うし、言ってしまいます。

結果で評価されたい側からすると、頑張りで評価される人がいると本来の評価余力が薄められてしまい、結果を出した人に対して不公平だと思います。

この意見は間違っていますか?

こういう議論になると、「正しいけれど正しくない」と永田町文学の様な事を言われます。
怠け者の蟻を取り除くと、働き者の蟻が怠け者のありに変わってしまうそうです。必要悪ってあるのかな?

写真はケシの花です。こんなに可愛い花を咲かせるのに世界を誘惑する魔力をもっている、そんな落差が魅力的です。